名古屋地方裁判所 平成11年(ワ)1548号 判決 2000年5月24日
原告
後藤公司
被告
国
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し金三二〇万円及びこれに対する平成一一年二月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告運転の自動車が国道を走行中スリップ事故を起こしたが、右につき被告に国道管理の瑕疵があったとして、原告が被告に対し国賠法二条に基づき損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実等
1 左記交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した(甲一、原告本人)。
記
(一) 日時 平成一一年二月一六日午後五時ころ
(二) 場所 愛知県東加茂郡足助町大字明川字岩立一番地一三〇先道路上(国道一五三号線)
(三) 原告車両 普通乗用自動車(三河三三り四四〇)
運転者 原告
所有者 原告
(四) 事故の態様 本件事故現場で原告車両が進路右側にスリップして路外に逸脱し、これにより原告車両が大破した。
2 国道一五三号線中本件事故現場付近を含む部分は被告が道路管理者であり、具体的には建設省中部地方建設局名古屋国道工事事務所豊田維持出張所が担当をしている(弁論の全趣旨)。
二 争点
1 本件事故現場についての被告の道路設置管理の瑕疵の有無
(原告の主張)
被告は、本件事故現場付近に道路凍結防止のためと称して特段法令に根拠を有することなく、塩化カルシウムの粉末を大量に用意し、これを道路通行者に自由に散布させ、このため道路がスリップしやすくなり、しかも道路に滑り止め加工等をしておらず、凍結防止剤散布につきスリップ注意等の標識もなかったことから、原告車両がスリップした。
本件道路の進路右側には防護柵(以下「ガードレール」という。)が設けられていたが、右ガードレールは原告車両の路外転落地点付近で切れ目があり、このためスリップした原告車両を停止させることができず、原告車両が進路右側に逸脱し本件事故に至った。また、一部原告車両に当たったガードレール部分は先端が原告車両に突き刺さるような加工がしてあり、このため原告車両が大破するに至った。
本件事故現場は最高速度が毎時三〇キロメートルに規制されていたが、その直前の位置の制限速度より減速をすることになるのであるから予め減速の予告をすべきであった。しかるに、右予告をすることなく、毎時三〇キロメートルに速度規制をするのは道路管理の瑕疵に当たる。
2 原告の損害額
(原告の主張)
(一) 車両損害 二七〇万円
原告車両と同程度の車両の中古車価格
(二) 慰謝料及び治療費 五〇万円
原告は本件事故により死の危険、精神的苦痛を感じ、また原告車両内にシートベルトで吊り下げられる状態となったことから傷害を負った。
第三争点に対する判断
一 争点1について
前記争いのない事実等及び証拠(甲二、六、八、一一ないし一三、一五ないし一七、二〇、二五、二七、三一、乙一ないし五、七ないし一〇、一一の1、2、一三の1ないし3、一四、一五、原告本人)によると、以下の事実が認められる。
1 本件事故現場付近は伊勢神トンネルの足助側口付近で、高度、日照等から降雪時等には道路が凍結する可能性が高かった。被告の、本件事故現場を管轄する豊田維持出張所は、平成一〇年度道路雪氷雪害対策実施要領(豊田維持出張所)(乙五)を作成し、平成一一年三月三一日までの間の降雪があった道路の凍結防止等の基準としていた。その内容は、被告及び被告と契約した維持業者が適宜道路を巡回するほか凍結検知器、降雪、積雪感知器等で道路の積雪等の状況を把握し、必要に応じ道路情報提供装置による道路情報の提供、除雪作業をするほか凍結予備及び凍結防止の目的で凍結防止剤を散布するというものであった。
2 本件事故の数日前である平成一一年二月一一日からの降雪で、伊勢神トンネルの稲武側口付近から本件事故現場を通過して長野県境付近に至る国道一五三号線が圧雪状態となった。そこで、被告の指示を受けた業者はグレーダーで雪を除去すると共に凍結防止剤を散布した。
そして平成一一年二月一二日午後一一時から同月一三日午前一時まで被告の指示を受けた業者が国道一五三号線の雪氷の状態を調査したが、その際本件事故現場付近である伊勢神トンネルの足助側口付近にも積雪があった。そこで被告の指示を受けた業者は前記実施要領に従い、凍結防止剤を散布機で散布した。
なお被告は本件事故現場付近の凍結しやすい箇所に凍結防止剤である塩化カルシウムの袋入りのものを多数用意、保管し、被告及びその指示を受けた業者が凍結防止剤散布に際し右を使用すると共に、通行する車両の運転者等が適宜右薬剤を散布することも許していた。
3 原告は本件事故当時稲武町方向から足助町方向に向かって原告車両を走行中であった。本件事故現場直前に伊勢神トンネルがあり、同トンネル稲武側口付近以降は最高速度が毎時四〇キロメートルに規制されていた。
前記トンネルの足助側口を出てまもなくの位置に本件事故現場は存在するが、本件事故現場に至る直前で最高速度が毎時三〇キロメートルの規制となり、その旨の標識が出ていた。
原告は、前記トンネルを出た後、進路左前方のドライブインの駐車場から自動車が出てくる気配を感じ、これを避けるため右にハンドルを切ったが、その際やや右カーブとなっていた本件事故現場でハンドルをとられ、道路右側路外に逸脱した。
なお道路右側にはガードレールが設置されているところもあったが、切土部分やバス停留所がある場所は部分的にガードレールの設置がなく、ガードレールの切れ目状となっており、原告車両が進路右側に逸脱した箇所も右のような場所であった。また原告車両は路外に逸脱するに当たり、一部、設置されていたガードレールの先端に当たった。
4 ところで本件事故現場付近の平日の一二時間交通量は上下線合計で四三一六台というものであるが、従前、格別塩化カルシウムの散布、ガードレールの設置不備、制限速度規制の不相当等を理由とする事故の報告はなく、当日もなかった。以上のとおり認められる。
なお原告は、本件事故現場に至る直前の前記伊勢神トンネル内の制限速度が毎時五〇キロメートルである旨を供述するが、証拠(乙一四、一五)によると、前記認定のとおり毎時四〇キロメートルであることが認められ、右供述は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
二1 そこで右認定の事実に基づき判断する。原告は本件事故現場である国道の設置、管理の瑕疵を主張する。しかし、前記のように多数の交通量のある本件道路現場において、従前及び当日、塩化カルシウムの散布、ガードレールの設置不備、制限速度規制の不相当等を理由とする事故の報告はなかったというものであり、このことからすると、被告に道路の設置、管理の瑕疵がなかったことは明らかといわねばならず、むしろ原告の本件運転時の運転速度、ハンドル操作等の過誤の存在が推認されるものといわねばならない。
2 これに対し原告は、まず第一に塩化カルシウム散布を問題とする。前記認定の事実並びに証拠(甲三ないし五)及び弁論の全趣旨によると、塩化カルシウムは道路の凍結防止剤として散布され、これを散布することにより融点が下がり、降雪があっても容易に道路が凍結しないとの性質を有していること、被告は、右薬剤を散布するほか、トンネル出口等、降雪、積雪時に道路の凍結が予想される箇所に限って右薬剤の無人保管所を設置し、事前に右保管所に袋入りの塩化カルシウムを用意し、被告の指示を受けた業者が右薬剤を使用するのみならず、通行する車両の運転者等が降雪時等に任意右薬剤を散布することを容認し、これにより道路の凍結を防止する体制を採っていたことが認められる。原告は右散布につき法令の根拠がないことを問題とするが、被告が道路の管理権に基づきこれをしているものと認められ、必ずしも個々の薬剤の種類、散布方法まで具体的に国会による立法をまたずともこれをすることができるとすることは特段法治主義の原則に反しないものといわねばならない。
もっとも右薬剤を散布することにより、道路が凍結しないのであるから、降雪が融雪の状態で残り、少なくとも降雪前よりは道路の摩擦度は低下することは推認できる。しかし、右のような状態は、雨天等天候、気象の変化に伴い常に生じることであり、右散布に当たり常に右薬剤に砂等を入れたり、道路の摩擦度を高める表面加工をしたり、まして、当該道路を通行止めにする等するまでもなく、各運転者が速度、運転方法を右事態に対応した方法に改めることにより対処することができる範囲のものと認められ、右をもって道路の設置、管理の瑕疵を認めることはできない。
3 次に原告は、ガードレールの設置、管理の瑕疵も主張する。しかし、証拠(乙三、六)及び弁論の全趣旨によると、ガードレールの設置、管理は防護柵設置要綱(乙六)等の基準に基づき設置、管理されるものであること、右基準等は、従前の事故等の分析を前提に、その再発等を防止する見地から定められたこと、本件事故現場のガードレールの設置、管理も右基準等に基づきされ、これによると前記のとおり道路両側が切土となったり路外と同一平面の場所はガードレールの設置はしない方がよいとされ、他方、原告車両が路外逸脱時に接触したガードレールは当該部分に沢があったことから設置されたことが認められる。そして本件全証拠によっても、右設置、管理に関する基準等に不十分な点があったこと、本件事故現場のガードレールの設置、管理が右基準等に違反してされていること等の事実は認めることができず、他に右ガードレールの設置、管理に関し被告に道路の設置、管理の瑕疵があったとの事実はこれを認めることができない。原告は、前記路外逸脱時に接触したガードレールの形状も問題とするが、原告主張の形状(甲一九)を採ったとしても本件事故のように対向車線側への逸脱事故にあってはこれを回避できないのであり、右主張も採用できない。
4 最後に原告は、最高速度の規制につき本件事故現場直前で右制限速度が毎時三〇キロメートルに急激な減速を強いている旨主張するが、前記のとおり制限速度は毎時四〇キロメートルから毎時三〇キロメートルになっているというのみであるから急激な減速の指示とまではいえない。そもそも道路の最高速度の制限は被告のできることではなく、愛知県公安委員会の所轄事項ではないかと思われ、また、原告の主張によれば、右制限速度の変更がされたために急ブレーキ等をし、これにより本件事故を招いたとの事実を本訴において主張するというものではないというのであるから、いずれにしても被告の道路の管理の瑕疵を認めるものとはいえない。
5 以上によれば本件事故は被告に道路の設置、管理の瑕疵があったことによるものではなく、前記のとおり、原告の本件運転時の運転速度、ハンドル操作等の過誤によったことが推認される。
第四結論
よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 北澤章功)